今日は何の日でしょう?
ニュース番組なんかを見ていると、たまにやっている。
「本日は○○の日です!」
11月11日なんて大変だ。ポッキーの日だったり、もやしの日だったり、何だか知らんが記念日だらけである。
まあ、いいじゃないか。
何月何日を何の日にしようが勝手である。
別に国が決めたわけではない。誰かの許可を取ったわけでもない。
俺が今日を「初めて逆上がりができた記念日」にしたって構わないのだ。
記念日なんてそういうものだろう。
ところが世の中には、日本記念日協会なるものが存在する。
日本記念日協会。
なんだか偉そうな名前である。
この協会、記念日を認定してくれるという。
認定?
記念日を?
誰が?
日本記念日協会が!
いや、それはわかった。
お前らは誰なんだよ!
調べてみると、一般社団法人だという。
つまり国の機関でもなんでもない。民間の団体である。
もちろん民間の団体を作るのは自由だ。
問題はここからだ。
この協会、記念日を登録するのにお金を取るのである。
その額、20万円!!
20万円である。
しかも昔は10万円だったらしい。それが15万円になり、2026年4月には20万円。
記念日までインフレしてるのか!
しかし、ちょっと待ってほしい。
そもそもこの20万円、払わなくてもいいのである。
だって、記念日なんだもの。
俺が「今日は逆上がり記念日だ!」と言い張れば、それはもう俺の逆上がり記念日だ。
協会の審査に落ちたところで、俺の逆上がりがなかったことになるわけではない。
なのに、わざわざ20万円を払う人たちがいるのだ。
いったい何を買っているんだろう?
答えは協会の公式サイトにあった。
登録すると記念日登録証がもらえ、協会のホームページに掲載され、「日本記念日協会登録済」と宣伝できるという。
なるほど!
つまり、
「今日は○○の日です!」
よりも、
「今日は日本記念日協会認定の○○の日です!」
と言った方が、なんだか立派に聞こえるのである。
日本記念日協会認定!
おお!すごい!
……。
いや、何がすごいんだ?
20万円を払う前も○○の日。払った後も○○の日。
日付も由来も変わっていない。
変わったのは、日本記念日協会という団体が認定したという一点だけなのだ。
つまり、企業は記念日を買っているのではない。
権威を買っているのだ。
なるほどなあ。
確かに企業にとっては宣伝効果があるだろう。毎年その日が来るたびに商品を宣伝できるし、テレビなんかで取り上げてもらえるかもしれない。
20万円の広告費だと思えば安いのかもしれない。
しかし、その権威を売っている協会は、誰から認定する権限を与えられたんだ?
自分たちで勝手に作った団体なんじゃないのか?
国から特別な認定権限を与えられたわけでもない団体が、他人の作った記念日を認定して20万円を取る。
いやあ。
うまくやりやがったな!!
さて、気になったので、この記念日協会をもう少し調べてみた。
もちろん審査はあるらしい。
申請書に記念日の名称、日付、由来、目的などを書き、協会に提出する。
協会は原則毎週火曜日に審査会を開く。
他人の権利を侵害していないか。政治的、宗教的、反社会的な要素はないか。既存の登録記念日と紛らわしくないか。
まあ、そりゃそうだろう。
あまりに変なものを認定して、後から騒ぎになっては困る。
協会の信用に関わるからな。
ちなみに審査に落ちても、結果も理由も教えてくれないらしい。
合格すると通知書と請求書が届き、入金した日が正式な登録日になる。
お金を払って、晴れて認定記念日の誕生である。
そして驚くのは、この先だ。
2023年の取材で、協会の代表理事は年間約250件の申請があり、約200件を認定していると答えている。
200件!
今の登録料は20万円(税別)。
もし現在も同じ数を認定しているなら、
200件×20万円。
年間4,000万円!!
4,000万円である!
もちろん、これは過去の認定件数に現在の登録料を掛けただけの仮定の数字である。
しかも、これは登録料だけの話だ。
登録証をもう1枚欲しければ3万円。
3万円!
登録証がもう1枚欲しいだけで3万円である。
しかも協会の許可なくカラーコピーすると、登録取り消しの対象になるという。
コピーも駄目なのかよ!
ほかにも登録名義の変更は5万円。同じ記念日を年に2日登録すると35万円。年3日なら43万円。
何だその料金体系は!
記念日に料金プランがあるのか!
さらに、審査に合格した後で登録をやめたり、料金を払わなかったりすると、審査等にかかった経費として登録料の半額を請求するという規定まである。
10万円!
審査は無料だが、合格してから取りやめると10万円。
いやあ、なかなかしっかりした商売である。
ところで、この協会。いったいどれくらい儲かっているのだろう?
当然、運営にはお金がかかる。
ホームページの維持費に事務所代、通信費、登録証の製作費などもあるだろう。
とはいえ、ねえ?
いったいどれくらいかかるのだろう。
公式サイトによると、審査会は原則毎週火曜日。
年間250件の申請なら、週に約5件だ。
5件である。
例えば、
「今週は○○の日の申請が来ていますね」
「政治的な問題は?」
「なさそうですねえ」
「文化的な意義は?」
「まあ、あるんじゃないですかねえ」
「じゃあ認定ということで」
なんて会議をやっているのだろうか。
いや、知らんけど。
実際にはもっと真剣に審査しているのだろうし、記念日の情報管理やメディア対応だってあるだろう。
だが、それらの仕事にいったい何人が何時間かけているのか。
毎日8時間働いている人が何人いるのか。
給料はいくらなのか。
代表理事はいくらもらっているのか。
公開情報からはわからなかった。
わからないのだが。
どうにも気になるのである。
もちろん実際の利益はわからない。ほかの事業の収支もあるだろう。
それに金儲けが悪いと言っているわけでもない。
企業は自分の意思で20万円を払っているのだ。
ただ、どうにも気持ち悪い。
だって、記念日を考えるのは企業だろう?
宣伝するのも企業だろう?
そして記念日を認定する側が20万円を受け取る。
そもそも認定なんかなくても記念日は作れるのに!
いやあ、うまい。
本当にうまくやりやがったなあ。
さて、こんなことを考えていて、ふと思った。
そもそも我々は「専門家」というものを、少々ありがたがりすぎているんじゃないだろうか。
もちろん大学で専門の学問を修め、研究を重ねた人たちがいる。
何十年もその世界で働いてきた職人や技術者もいる。
そういう人たちはいい。
だが、世の中の専門家がみんなそういう人たちかというと、どうも怪しい。
例えば、俺が専門家になろうと思ったらどうすればいいのか。
プロレスは駄目だ。
競馬も駄目だ。
ラーメンなんかも駄目だろう。
すでに詳しい人間が山ほどいる。何十年もその道にいる先達がいる。
今さら俺が専門家を名乗ったところで、相手にされない。
では、もっと狭くしてみよう。
冷やし中華。
さらに狭くしよう。
愛知県の冷やし中華だ。
よし!
愛知冷やし中華研究会!
どうだ。
なんだかそれっぽいじゃないか。
会長は俺だ。
会員も俺だ。
会員なんか別にいなくてもいいだろう。
とりあえずホームページを作ろう。
愛知県内の冷やし中華を紹介するサイトである。
食べログなんかで評判のいい店を調べて記事を書く。実際に食べに行ってもいいが、店の情報をまとめるだけの記事だって作れる。
市販の冷やし中華も紹介しよう。
マルちゃんの冷やし中華はどうだ。
ごまだれと醤油だれ、どちらがいいのか。
冷やし中華にマヨネーズをかけるのは愛知県だけなのか。
冬に冷やし中華を食べるにはどうすればいいのか。
知らんがな!
だが、記事にはなる。
そんなものを書いていけば、冷やし中華に特化した、それなりの情報量になる。
Xにもアカウントを作ろう。
愛知冷やし中華研究会公式アカウント。
公式である。
何しろ俺が作った研究会なのだから、俺が公式なのは間違いない。
さて、これで準備は整った。
夏が近づく。
テレビ局のスタッフが考える。
「今年は冷やし中華の特集でもやるか。愛知県で詳しい人はいないかな?」
検索する。
愛知 冷やし中華 専門家
するとどうだろう。
愛知冷やし中華研究会!
ホームページもある。記事もたくさんある。Xもやっている。
おお!こんな専門家がいたのか!
いや、いるんだよ。
俺が。
ここで重要なのは、テレビ局のスタッフだって冷やし中華の専門家ではないということだ。
誰が本当に詳しいのか、簡単にはわからない。
だが番組には専門家が必要なのである。
「冷やし中華好きのおっさんによりますと」
では、なんだか格好がつかない。
「愛知冷やし中華研究会代表によりますと」
おお!
なんだか立派じゃないか!
そして番組に出演する。
すると何が起こるか。
ホームページに書けるのだ。
「テレビ○○出演!」
これを見た雑誌の編集者が、冷やし中華特集の取材先を探す。
愛知冷やし中華研究会?
テレビにも出てるじゃないか!
こいつは本物だ!
こうして雑誌にも載る。
今度は、
「テレビ○○出演!雑誌△△掲載!」
と書ける。
おいおい。
本物の専門家が出来上がってしまったぞ!
料理人でもない。食品の研究者でもない。冷やし中華について特別な知識があったわけでもない。
ただ勝手に研究会を作り、勝手に会長を名乗り、ホームページを作っただけである。
もちろん、続けていくうちに本当に詳しくなるかもしれない。
しかし、それは後からの話だ。
最初に必要だったのは何だったのか。
資格か?
専門知識か?
いや。
必要なのはツラの皮の厚さである!
「俺は専門家だ!」
と言ってしまえばいいのだ。
無論、必ずメディアから声がかかるわけではない。しかし、何かの専門家を探しているメディアが、その専門性を厳密に判断できるとも限らない。
むしろメディアこそ権威を欲しがる。
「専門家によりますと」
この一言が欲しいのである。
そして一度テレビに出てしまえば、今度はテレビ出演歴が専門性の証明になってしまう。
専門家だからテレビに出たのか。
テレビに出たから専門家になったのか。
もうわけがわからない。
実は俺、こういう専門家の実例を知っている。
具体的な話はできないが、少なくとも俺より詳しくないと思える人間が、その分野の専門家として扱われている。
だからこの方法、まったくの空想とも思えないのである。
熟成したジャンルは駄目だ。
専門家が大勢いるから。
だが、まだ誰も座っていない専門家の椅子ならどうだろう。
先に座ってしまえばいいのだ。
そう考えると、なんだか俺にもできそうな気がしてくる。
そして、こういう話は専門家個人だけではない。
協会も同じだ。
一般社団法人というのは、法律に従って手続きをすれば設立できる。
その分野の専門家であるという証明が、必ず必要なわけではない。
それなのに、
「一般社団法人日本○○協会」
と名乗った途端、なんだか立派な組織に見えてしまう。
法人として正式に存在していることと、その分野の権威であることは、まったく別の話のはずなのに。
そして、こんなことを考えていたら、とんでもないものを見つけてしまった。
日本協会協会。
……。
協会協会?
なんだそれは。
冗談ではない。
実際に存在する団体なのである。
日本唐揚協会の会長兼理事長であり、日本カレーパン協会の理事長でもある人物が、この日本協会協会の会長まで務めているという。
唐揚げの協会。
カレーパンの協会。
協会の協会。
なんだそれは!
調べると、協会同士の交流や情報交換を行う団体らしい。
まあ、それならわかる。
だが驚いたのは、会長を務める人物が、協会の設立や運営のノウハウを教える仕事までしていることだ。
協会を作る方法を教えるのである。
世の中にはそんな商売まであるのか!
いやあ、参った。
俺はてっきり、その道に詳しい人が集まって協会を作るものだと思っていた。
ところが、協会を作ること自体がビジネスになっている。
考えてみれば、それもそうか。
協会を作る。
代表になる。
会員を集める。
情報を発信する。
メディアに取り上げられる。
そのうち権威ができる。
そして、その権威を使って新たな商売を始める。
いやあ、うまい仕組みである。
もちろん、協会を作ること自体は悪くない。
日本唐揚協会なんかは、活動を見ていると唐揚げに対する愛情も感じられる。
好きなものを盛り上げるために集まる。それは楽しいことだろう。
だが、最初から「協会を作って商売をしよう」と考えたらどうだろう。
何の協会を作れば儲かるか。
どんな資格を作れば人が欲しがるか。
どんな認定を作れば企業が金を払うか。
これはこれで、なかなか面白い商売になるんじゃないだろうか。
そういえば、記念日協会の話に戻るが、記念日そのものは誰でも勝手に作れる。
しかし、協会の認定記念日になるためには審査に通り、20万円を払わなければならない。
専門家になるのに必要なのはツラの皮の厚さ。
認定記念日になるのに必要なのは金。
なんだか世の中の仕組みが少しわかってきた気がする。
しかし、それにしても日本記念日協会。
記念日を認定してくれるのは結構なのだが、記念日協会自体は誰に認定されたのだろう?
法律に従って設立された?
いや、それは法人として存在することを認められただけだろう。
記念日を認定する権威を、誰かに授けてもらったわけではない。
それなのに、その協会が認定した記念日には箔がつく。
企業が20万円を払う。
メディアが協会を紹介する。
すると協会の権威がますます高まる。
その権威を求めて、また企業が20万円を払う。
自分たちで作った認定団体が、認定を売っているのである。
うーむ。
いやあ、これは考えたなあ。
嫌いだ。
どうにも気持ち悪い。
そういえば、月の土地の権利書を売っている団体もある。
あれだって、権利書を買ったところで、月の土地を自由に使えるわけでもなければ、将来にわたって所有権が保証されるわけでもない。
なのに、なぜかこちらにはロマンを感じてしまう。
なんでだろうな?
俺もずいぶん勝手なものである。
でも、商売としてはうまい。
うまくやりやがったなあ!
俺も協会を作ってみようかな。
愛知冷やし中華研究会。
いや、もっと大きく出よう。
日本冷やし中華協会!
……。
待てよ。
いっそのこと、協会を認定する協会というのはどうだろう。
協会認定協会!
いいじゃないか!
よし!これで行こう!
もちろん審査はある。
あまりに変な協会はお断りだ。
なあに、あなたの協会の権威、私が保証してさしあげますよ。
ニヤリ。