家の周辺に店なんてなかった。小さな本屋、中華料理屋、飲み屋、歩いて行けるところにある店舗などこれぐらいのものだった。あとは田んぼに原っぱがあるだけ。だからけっして都会ではない。都会ではないが、かといって田舎でもない。住宅はそれなりにあって、人は多く住んでいた。地方都市の更にそのベットタウン。少し昔まではどこもこんな様子だった。今はとにかくお店が増えた。本屋はつぶれたが、それでも店は増えた。
まずはコンビニ、牛丼屋、そしてまたコンビニ、チェーンの居酒屋、ファミレス、レンタルDVD店、そしてまたコンビニ。とにかく増えた。
自転車で行ける範囲まで考えるともっと凄いことになる。交通量がそれなりにある広い通り、道路の左右はすべて田畑だったはずだが、今は、店、店、店、店。昔は外食なんてめったにしなかったが、今は違う。皆きっとそうだろう。そうでなくては増えた店が立ち行かないはずだ。
またコンビニ、コインランドリー、喫茶店、スポーツクラブ、そしてマクドナルド。
自転車で行けるぐらいの場所に出来るなんてちょっと驚いた。昔とちょっと違うシックになった外見、だがそれでいて必ずわかるその外見、赤と黄色の看板、あのマクドナルドが、30年経って家のすぐ側に。
初めてマクドナルドに行ったのは小学生の頃、親が映画のタダ券を貰って、一緒に観に行った帰りだった。楽しげなTVCMで存在は知っていた。午前中に出かけた映画館、終わったのが昼飯時。カローラで一走りしてマクドナルドに着いた。
見た映画はバック・トゥ・ザ・フューチャー2だった。やっぱりアメリカだと思った。日本の映画はつまらない、ハリウッド映画が最高だ。めちゃくちゃ面白かった。その興奮のままにマクドナルドに着いた。
輝いていた。小さな子供たちが群がるカラフルなチューブの大きな滑り台、ベンチにはドナルドが、隣に座ると肩に手をかけてくれるポーズで腰掛けていてくれた。中央に小さな噴水。ガラス張りの2階。ピカピカの店内。駆け回る子供たち。
少し大きくなっていた僕は、滑り台やドナルドに心を惹かれたが、小さな子達の様に遊具に群がることはなかった。無邪気に遊ぶ小さな子が羨ましかった。
よくわからないうちにトレイを持って席に着いていた。机も椅子も全部がプラスチックだった。今だったら安っぽいと思うのだろうが、そのときはそうは感じなかった。なんか未来っぽい。そう思っていた。トレイの上には、紙に包まれた丸くあったかい物、小さな紙の袋に突っ込まれた細長いポテト、蓋がしてあってストローの突き出た紙コップが二つ。
そういえばハンバーガーを食べるのも初めてだった。もしかしたらフライドポテトも初めてだったかもしれない。僕、今からハンバーガーを食べるんだぜ、誰かに自慢したい気持ちだった。
初めてのハンバーガー、手で掴んでかじり取って食べる。ふかふかのパン、ケチャップと肉の味と少しの酸味。よくわからなかったが美味しかった。美味しくないと感じたならならそれは僕が間違っているんだと思った。だってマクドナルドのハンバーガーだよ。
独特の香りと塩味、サクサク触感の癖になる細長いポテト。そしてシェイクも飲んだ。なかなか吸い込めない。そして口に入ると、とにかく甘い冷たい、甘すぎるが美味いと思った。
ハリウッド映画を観た後で、コーラを飲み、ハンバーガーに噛り付き、ポテトを口に放り込む、圧倒的にアメリカだった。どうしたってこれはアメリカだ。ハリウッド映画の中に入った気分でわざと乱暴にハンバーガーに歯形をつけた。
マクドナルドに特別な思いを抱かなくなったのはいつからだろうか?
安売りか、店舗の増加か、路面店よりもテナントで出店するようになったからか、確かに近所の普通のスーパーの一角にあるマクドナルドからは一切アメリカを感じなかったし、どこでも食べられる安いハンバーガーも特別な食べ物ではなくなった。
よくあるチェーン店のひとつで特別なものも思いもない。
初めて行ったマクドナルド、あの頃、近所にはそこに一軒しかなかった店舗。路面店の閉店ラッシュにも耐えきって、まだそこにある。最近何度目かの改装もされたようだが、簡素になってしまってはいるけれど、子供用の遊具と、2階から外に向かって手を振るドナルドの像も、まだそこには設置してあって、不思議なこだわりを感じる。フランチャイズしている会社の意向でも働いたのだろうか?最近の新しくなった店舗ではまったくといっていいほど見れなくなってしまったのに、うれしいではないか。
なくなってしまったマクドナルドへの憧憬だが、あの店舗の前を通るとき、その時だけはあの感覚がほんの少しよみがえり、一番安い、ケチャップの味のする、あのハンバーガー、あれを口に運びたくなる。