- 今日の話(ざっくり)
- 正社員、結婚、持ち家:ステータスだけ見れば“勝ち組”扱い
- 「中の下」の生きづらさ
- ほんの少し前なら、もう少し楽に生きられてたのかも
- ニュースを見ると別世界の話に思えることがある
- 結論:生きていれば勝ち、ということにしておく
今日の話(ざっくり)
正社員で結婚していて、家もある。 これだけ聞けば、一見「普通に生きている人」に見えるらしい。
でも実際は、ギリギリの生活。 給料は低く、貯金はゼロ。家のローンは70歳まで続く。 このまま病気になったら、本当に詰む。
これでも、一応「勝ち組」なんだろうか?
正社員、結婚、持ち家:ステータスだけ見れば“勝ち組”扱い
社会的に見れば、「それなりにやっている人」だというのは分かっている。 でも中身を見れば、絶望的なバランスゲーム。
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貯金ゼロ
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家電は古くて、そろそろ寿命の音を立てている
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中古で買った家の修繕が必要なのに、お金がなくて見て見ぬふり
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親の介護がそろそろ現実的なのに、時間も金も足りない
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自分の老後? わからない。動けなくなったら、静かに消えるしかない
そんな中、「普通に暮らせている人」と見なされるのが、どうにも納得できない。
「結婚していて、家もある」という表面的な情報だけでは、 現実の不安や言葉にしづらい気持ちは見えてこない。
困っているのに、困っていると言えない。 感謝と不満をぐちゃぐちゃに混ぜて、なんとか心のバランスを取っている毎日。
「中の下」の生きづらさ
極端に困っているわけではないから言いにくい。 かといって助けがあるわけでもない。
支えもなく、訴えることもできない。 これが「真ん中の一番下」なのかもしれない、と思うことがよくある。
ほんの少し前なら、もう少し楽に生きられてたのかも
こんなことを言っても仕方ないのかもしれないけれど、 今の自分と同じような暮らしぶりの人でも、もう少し昔なら 定年後は年金で生活して、夫婦で旅行して、少しはのんびり暮らしていたんだろうなと思うことがある。
同じように働いて、家族を支えてきたはずなのに、 いまの自分には、その未来が見えない。 それを「時代のせい」で片づけるには、あまりにも切ない。
ニュースを見ると別世界の話に思えることがある
オレオレ詐欺のニュースを見て、「ひどい犯罪だな」と思う前に、 「えっ、そのお年寄り、何千万も持ってたの?」と驚いてしまう。
騙されて泣いている姿は確かに気の毒だけど、 「その金額を出せること」が、もう別世界の話に思えてくる。
自分はそんな金額、手元にあったこともなければ、将来もまず期待できない。
結論:生きていれば勝ち、ということにしておく
余裕も期待もない。 でも、今日食べて眠れたなら、まあそれでいいか。
せめて、誰かを見下すようなことだけはしないように。 それくらいは、最後の矜持として持っていたい。