ダメなのは知ってるけど

ささくれ千切っちゃったりする

「うちのちいかわは“ほんもの”なので」

うちには“ほんもの”がいるので、コピーはいらない

 

ちいかわのぬいぐるみをもってる。
3体。ちいかわと、ハチワレと、うさぎ。

この時点でちょっと引いた人もいるかもしれないけど、まあ、話だけでも聞いてほしい。

サイズはだいたい30センチくらい。
ふわふわで、ちゃんと“いる”。
このサイズ感がなんというか……リアルなんよね。
「もしほんもののちいかわたちが現実にいたら、たぶんこのくらいのサイズだろうな」って、自然に思ってしまう。

で、こうなるともうだめで。
他のぬいぐるみが買えない。

いや、買おうと思えば買えるんだけど、
“2人目のハチワレ”を家に入れるのってどうなの?って、心がざわついてしまう。

ただ、正直に言うと、
部屋中ぬいぐるみでいっぱいにしてる人のほうが断然多いし、そういう人たちが“普通”なんだと思う。
ちょっと変わってる側なんだろうなって自覚はある。

でも、自分は自分で、
この3体だけが“ほんもの”で、替えがきかないと思ってしまうんだよね。


小さいグッズなら平気なのはなぜ?

小さいマスコットとか、キーホルダー、ノートやペンなんかは平気。
あれは本人じゃなくて“気配”だから。

サイズの問題だけじゃない。
ぬいぐるみサイズになると、急に“人格”が発生してしまうんだと思う。


この感覚、名前ついてるのか?

ちょっと調べてみたら、近い概念がいくつかあった。

  • アニマシー(Animacy):命がないものに命を感じてしまう。

  • キャラクター実在感:フィクションのキャラが“いる”と感じてしまう現象。

  • 唯一性幻想:この世に1人しかいないと思い込みたい心理。

たぶん、自分はぬいぐるみを“コレクション”としてではなく、
「この子たちは、うちの子」って扱ってるタイプなんだろうなと思う。


結論

うちには“ほんもの”がいる。

ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ(1) (モーニングコミックス)